IBMがレガシー刷新ワークフローをIBM Bobに追加し、9カ月かかる作業を3日に短縮すると発表した。数字だけ見れば90倍の生産性革命だが、COBOL移行という地雷原にAIを踏み込ませることの意味を、業界は本当に理解しているのか。私は懐疑的だ。

何が起きたか

IBMは自社のエンタープライズAIプラットフォーム「IBM Bob」に、レガシーシステム刷新用の新ワークフローを追加した。数十年前に書かれたCOBOLなどの基幹コードを、AIが自動的に解析し、最新環境向けのコードへ書き換える。IBM側の主張では、従来9カ月を要した工程が3日で完了するという。ターゲットは銀行、保険、行政といった「動いているから触れない」古い基幹システムを抱える大企業。生成AIが最も苦手としてきた「業務ロジックを含む長大な既存コードの理解と再構築」という領域に、ついに本丸のIBMが商用サービスとして参入した形だ。人月商売のSI業界に対する、事実上の宣戦布告と読める。

なぜこのニュースが重要か

このニュースを「AIすごい」で片づけると本質を見誤る。重要なのは、IBMが「COBOL移行」という、これまで数十年間どのベンダーも本気で解決できなかった問題に、成果報酬モデルで殴り込んできたという構造変化だ。日本企業の基幹システムの多くは、書いた本人がすでに退職し、ドキュメントも失われ、仕様は動作コードそのものにしか存在しない。この「暗黙知の塊」を触れば動かなくなるリスクが高すぎるため、経営者は先送りを繰り返してきた。IBMが提示する90倍の圧縮率は、この先送りの言い訳を根こそぎ奪う。逆に言えば、これまで「刷新できない理由」を並べて延命してきた情報システム部門と、それを請けてきた国内SIerの単価構造にとっては、崩壊のカウントダウンが始まったということだ。人月ビジネスの終わりは、今日から起算すべきである。

過剰評価への反論

ただし、私は「9カ月が3日」を鵜呑みにするつもりはない。まず、この数字はIBMのマーケティング資料に載る典型的なベンチマークであり、対象範囲、コード規模、テスト工程を含むかどうかで意味が大きく変わる。COBOL移行の現場を知る人間なら誰でも分かるが、書き換え自体は全体工数の3割に満たない。残りは業務要件の再確認、周辺システムとの結合テスト、そして「以前と同じ帳票が1円のズレもなく出るか」という地獄の突合作業だ。AIが書いたコードは、その出力の正しさを人間が検証しなければ本番投入できない。検証コストがゼロになるわけではない以上、90倍という数字は工程の一部を切り取った見せ球と考えるのが妥当だ。さらに厄介なのは、AIが生成したコードの保守責任である。5年後、書き換えたコードにバグが見つかったとき、それを読み解けるエンジニアは誰なのか。IBMが未来永劫サポートし続ける保証はない。COBOLを読める老エンジニア問題を、10年後には「AI生成コードを読める人間がいない問題」にすり替えているだけ、という危険が確実にある。「レガシー」の定義が、今後さらに短命化する未来を、経営者は覚悟すべきだ。

経営者として次に取るべき動き

第一に、既存SIerからの見積もりを今すぐ止めて、IBM Bobを含む複数ベンダーの相見積もりを取り直せ。人月換算の見積書が出てきた時点で、それは旧世代のコスト構造だと認識すること。第二に、社内に残る最後のCOBOL人材を、コード書き手ではなく「AI出力の検証者・仕様の翻訳者」として再定義せよ。彼らを退職させた瞬間、AI移行の品質保証は崩れる。第三に、移行後の保守契約に「AI生成コードの可読性保証」と「ベンダーロックイン解除条項」を必ず盛り込め。IBMに依存した瞬間、次のレガシーはIBM Bob製のコードそのものになる。速さに酔うな。速さの代償を契約書に書き込む冷静さこそ、今の経営者に問われている。