ギットハブトレンドで急上昇中のPMBは、cursorやClaude Codeに「ローカル永続記憶」を与えるツールだ。94.5%という記憶精度、APIキー不要、完全ローカル動作。聞こえは良い。だが、61スター程度の個人OSSに会社のコード文脈を全部預ける判断を、経営者は本当に下せるのか。冷静に分解する。

何が起きたか

PMB(Persistent Memory Bank)と呼ばれる小さなOSSが、GitHubトレンドに浮上した。作者はoleksiijko氏。スター数は61。役割は明快で、cursor、Claude Code、Codexといったコーディング系AIに、ローカルで動く永続記憶層を差し込むことだ。接続にはMCP(Model Context Protocol)を使う。記憶のリコール精度はLoCoMoベンチで94.5%、p5レイテンシは70ミリ秒と公表されている。APIキー不要、データは外に出ない。会話履歴、設計判断、コード規約を保持させ、毎回プロンプトに貼り付け直す消耗を消す、という触れ込みだ。動画では、これを「情報漏洩リスクゼロ」「エンジニア生産性が直接上がる」「MCPという接続標準が固まりつつある」という三点に整理して経営者へ提示している。

なぜこのニュースが重要か

重要なのはPMB単体ではなく、その背後で進んでいる構造変化のほうだ。cursorは月間検索ボリューム59,000、Claude Codeは91,000。コーディングAIはすでに開発現場の電気とガスになりつつある。だが、現状のcursorもClaude Codeもセッションを跨いだ記憶が貧弱で、エンジニアは毎朝AIに自社事情をブリーフィングしている。この「説明税」が、AI導入のROIを静かに食い潰している。PMBが示したのは、その税金を外付けのローカル記憶層で消せるという可能性であり、そして、その記憶層がMCPという共通規格に乗ることで、cursorからClaude Code、Codexへとベンダーを跨いで引っ越し可能になる、という未来像だ。ベンダーロックインの前提が崩れる兆しがある。経営者にとっての本当のニュースは、94.5%という数字ではなく、「コーディングAIの選定基準が、モデル性能から記憶資産の互換性へ移る」というシフトのほうである。

過剰評価への反論

ここからが本題だ。第一に、94.5%という数字は LoCoMoという特定ベンチの recall@10 にすぎない。実プロジェクトの曖昧な設計議論や、半年前の口頭合意を再現できるかは別問題だ。ベンチ精度を社内SLAと混同してはいけない。第二に「ローカルだから漏洩ゼロ」は半分嘘である。漏洩経路は外部送信だけではない。退職者のローカルディスクに、要約済みの社内設計判断が蓄積されている状態は、Git管理下のコードより危険な無形資産漏洩になりうる。法務とセキュリティの観点では、ローカル永続記憶はむしろ新しい論点を生む。第三に、スター61の個人OSSである。MCPサーバとして開発者のIDEに常駐し、社内コード文脈を全文舐めるソフトウェアに、署名・監査・サプライチェーン検証の議論がほぼ無い段階で飛びつくのは、2024年のnpm小規模ライブラリ事故を一度でも見た人間の判断ではない。第四に、cursor自身もClaude Code自身も、いずれ純正の永続記憶機能を載せてくる。PMBが解いている課題は、本質的にプラットフォーマーが回収する領域だ。今この瞬間の便利さに飛びついて、半年後に純正機能と二重管理で苦しむ未来は、推定で十分起こりうる。

経営者として次に取るべき動き

第一に、PMBを全社導入する話ではなく、「自社の開発AIにおける説明税が月何時間か」を一度だけ実測させること。エンジニア10人で週5時間消えているなら、年間で人件費換算1,000万円超の漏れだ。ここが見えない限り、記憶層の議論は感情論になる。第二に、MCP対応を社内AIツール選定の必須要件に格上げする。cursorかClaude Codeかという宗教戦争より、記憶資産が両者を行き来できるかのほうが、3年スパンでの拘束コストを左右する。第三に、ローカル永続記憶を入れるなら、PMBそのものではなく「ローカル記憶ファイルの暗号化・退職時消去・監査ログ」を定めた社内ポリシーを先に書く。ツールは半年で変わるが、ポリシーは資産になる。順序を間違えるな。