「SaaS is Dead」という挑発的な言葉が広がる一方、皮肉にもSaaS企業の採用は加速している。生成AIで業務クラウドサービスを自前で作るハードルが急落した結果、コードを書けるだけの人材は価値を失い、ビジネス課題を設計できるエンジニアが奪い合いの対象となった。経営者が今夜押さえるべき構造変化を、ROIと投資判断の観点から読み解く。

何が起きたか

シリコンバレーを中心に「SaaS is Dead」というスローガンが流通している。月額課金で業務クラウドを提供してきたSaaSモデルが、生成AIによって瓦解するという主張だ。コード生成の生産性が桁違いに上がり、これまで外部SaaSに月数万円〜数百万円を払って解決してきた業務が、社内で内製できるようになった。

ところが現実のSaaS企業は採用を絞るどころか強化している。理由は単純で、「実装ができる人」の希少性が消えた一方、「何を作るべきかを定義できる人」の希少性が跳ね上がったからだ。コードはAIが書く。だが「現場の困りごとを仕様に翻訳する」工程は、依然として人間の領域に残っている。SaaSベンダー自身が、プロダクトの差別化軸を「コード」から「課題設計力」へ移しにかかっている、というのが事の本質である。

なぜこのニュースが重要か

経営者にとってこのニュースは、二つのコスト構造の同時変化を意味する。

第一に、SaaS支出の正当性が揺らぐ。営業管理、勤怠、経費精算、ナレッジ共有——多くの企業が年間数百万から数千万円を複数SaaSに支払っている。生成AIで内製した代替ツールが「8割の機能を1割のコスト」で実現できるなら、SaaS支出のROIは根本から再計算が必要だ。特にユーザー課金型SaaSは、従業員数の増加とともに費用が線形に膨らむ。内製AIツールは限界費用がほぼゼロに近い。この差は、3年スパンで見れば数千万円規模の収益インパクトになる企業も少なくない。

第二に、人件費の配分が変わる。これまで「実装量」で評価されてきたエンジニアの市場価値が下落し、「課題定義力」を持つ人材の市場価値が急騰している。すでに国内でもこの層の年収レンジは1.5〜2倍に開きつつあると推定される。採用予算の配分を「人数」から「役割」に切り替えられない企業は、これから3年で人材ポートフォリオが時代遅れになる。

つまり、SaaSコストと人件費という、固定費の二大要素が同時に再定義されているのだ。

経営判断への含意

ここで安易に「全部内製化しよう」と判断するのは早計だ。経営者として見るべきは、SaaSの「Dead」が意味する範囲である。

筆者の見立てでは、淘汰されるのは「薄いSaaS」——すなわち、定型業務をフォーム化しただけのもの、データ連携のハブにすぎないもの、APIの上に薄いUIを乗せただけのものだ。これらは生成AIで数日〜数週間で内製代替できる。一方、業界特化の深いドメイン知識、規制対応、大量データの蓄積、エコシステム連携を持つSaaSはむしろ強くなる。Salesforceや業界特化型バーティカルSaaSは「Dead」ではなく「進化」する側にいる。

経営者が下すべき判断は、保有しているSaaS契約を「薄い/厚い」で棚卸しすることだ。薄いSaaSは内製化候補、厚いSaaSは深堀り活用候補。この仕分けを2026年内に終えていない企業は、コスト最適化レースから一周遅れる。

そしてもう一つ。内製AIツールを生む組織能力こそが、これからの競争優位の源泉になる。「課題を切り出せる人材」を社内に何人抱えられるか——これがSaaS時代の「ライセンス数」に代わる新しい経営KPIになる、と筆者は見ている。

経営者として次に取るべき動き

第一に、SaaS支出の総棚卸しを今四半期中に実施すること。契約金額、利用率、代替難易度の3軸でスコアリングし、内製化候補と継続契約を仕分ける。ここで年間支出の20〜30%は削減余地が見つかるはずだ。

第二に、エンジニア採用要件を書き換えること。「コードが書ける」を必須条件から外し、「事業課題を仕様に翻訳できる」を最上位に置く。これは求人票の文言修正レベルではなく、面接プロセスと評価制度の全面改訂を意味する。

第三に、エンジニアの評価指標を「実装量」から「事業インパクト」へ転換すること。書いた行数ではなく、削減した工数、生んだ売上、置き換えたSaaS費用で測る。この転換ができない企業からは、これからの3年で課題設計型人材が静かに流出していく。SaaSが「Dead」になるかどうかより、自社の評価制度が先に「Dead」になっていないかを点検すべき夜だ。